「化学教育ジャーナル(CEJ)」第2巻第2号/採録番号2-15/受理1998年11月14日
URL = http://www.juen.ac.jp/scien/cssj/cejrnl.html
マレイシアでの日本語による化学授業
高田 泰英
マレイシア政府派遣留学生予備教育派遣教員
(マレイシア工科大学日本工業系留学予備教育センター教科担当教員)
私は、現在、マレイシア工科大学(略名UTM)の日本工業系予備教育センター(PPKTJ)において、日本語で化学を教えています。この留学生予備教育の制度については、「CEJ第2巻第1号」に掲載されています。今回は、この予備教育センターでの取り組みについて書いてみます。概略を述べると、
- 目標は、日本の高等専門学校(3年以降)の授業に対応できる教科の学力および日本語力をつけること。その上で文部省試験(留学検定試験)に合格させる。
- 教科書として、高等学校「化学(特)B」「化学(監)」(第一学習社)を、問題集として「セミナー化学(特)B」(第一学習社)を、その他に、図説「ビジュアルワイド図説化学」(東京書籍)などを、使っている。
- 時間数は週8時間で、クラス人数は30名(3クラス編成)である。
- 学生は、小学校(6年間),中学校(3年間),高校(2年間)を経て、予備教育センターに入学する。日本語を一年間学習すると、日本人の4〜5歳レベルの語学力となる。高校においては、日本の高校で教えている内容の6〜7割を、マレー語で、既に学習している。
教えている化学の内容は、日本の高校のそれとほぼ同じです。授業形態も「導入−展開−まとめ」と日本の場合と同じです。授業での最も大きな障害は、日本語です。学生の日本語力は、日常生活をおくる上では大きな支障はありませんが、専門用語をはじめ、授業の説明や教科書で使われる日本語の微妙な表現などを理解するには、語句の数、文型・文構造などの点で明らかに力不足です。この障害を乗り越えることができれば、化学的な内容の理解度は高まると思います。また、テストの問題を解く場合も、使われている日本語がわからないために、答えられないということがしばしばあります。したがって、授業の焦点は、いかに日本語の壁をなくしていくかと言うことになります。日本語科の先生方(日本語を専門に教えている教師)の協力を得て、実際に行っている取り組みを以下に述べます。
- 学生が、自分で教科書を読み、理解できるようにするための指導
- 教科書とは別に、教科書の漢字にルビ振りをしたものを作成し配布する。例として、(みず じゅんぶっしつ でんき ぶんかい すいそ さんそ たいせきひ わりあい しょう せいぶん)。これらを使って、読解すると、「水は純物質であるが、これを電気分解すると、水素と酸素が体積比2:1の割合で生じる。このことから、水は、水素と酸素を成分としてできていることがわかる。」
- 化学用語、専門用語、準専門用語などについての用語辞典(日本語−マレイシア語−英語)を作成し配布する。専門用語は、混合物、純物質、単体、化合物、元素などで、教科書で強調しているもの。準専門用語として、自然界、均一、体積比、分離、成分、溶ける、混じりあうなど。例として、(日本語 ふりなが マレイシア語 英語)の順で、掲げると、(自然界 しぜんかい alam sekeliling surrounding nature)、(均一 きんいつ sama rata homogeneous)、(純物質 じゅんぶっしつ bahan tulen pure substance)、(溶ける とける larut dissolve)。学生は、「ルビ振りの教科書」と「化学用語辞典」を非常によく活用しています。授業中でも、わからない語句が出てくれば、すぐに化学用語辞典を開きます。
- 教科書の日本語に慣れさせる目的で、授業時間内で音読を行う。まるで小学校の授業のようですが、学生は大きな声で一生懸命に読みます。そして、少しずつ日本語がなめらかに出てくるようになってきています。
- 日本語科の先生による化学の教科書を使った読解授業をする。学生は、語句だけでなく、文と文とのつながりや「これ」「それ」等の指示語が、何を意味するかがわかりません。教科書の内容を理解できるようにするために、漢字、文型・文構造、文と文との関係などを考慮し、日本語科の授業の中で、化学の教科書を題材とした読解を行っていただいています。授業プリント(単体・化合物と元素)での例をとりあげてみます。水は( )である〈が〉、【これ=( )】を電気分解すると、( )と( )が生じる。( )どうやって?【このこと=( )】から【〜こと=( )は( と )を成分としてできていること】がわかる。こうして、徐々にですが、教科書の内容を読み取れるようになり、教科書についての質問も出るようになります。
- 化学教師がわかりやすい日本語を使えるようになるための試み
- 日本人には容易に理解できるが、学生にとっては難解な、教科中の表現や語句を抽出する。例として、同じ言葉だが、形が違う語句(いずれ いずれかに いずれかの いずれでもない いずれとも いずれを)。複合語になり、本来の単語の意味と異なる語句(かく かき加える かき添える かき表す)。日本人には常識的だが、学生には未習語句(さび 苔 くぎ すす すき間 つまようじ)。教科書の独特の表現(反応にあずかっている物質 あらかじめ 帯びる かぶせる かたよる)。
- 日本語科の先生に授業を見てもらい、授業で使われている語句・表現のチェックを受ける。
授業の経験から、学生が理解しにくい日本語は、専門用語だと強く思います。しかし、日本の授業では、意識せずに当たり前に使っている語句・表現の中にも、マレーシアで学ぶ彼らが理解しにくいものが多くあります。これに注意をはらうことは、授業をおこなう上で最も重要なことのように思えます。そこで、現在、教師自身が、学生の理解しにくい語句や表現をつかみ、学生が理解しやすい言葉や表現を用いて説明を行っています。また、教科書等の表現についても、気を配り解説を加えるように心がけています。
日本での授業と大きく異なるのは、このように授業の説明、板書、考査の問題等、あらゆるところで日本語の使い方に心を配るかどうかだと思います。教科の教師だけでは、やる気があってもこの問題を解消することはできません。幸いことに、私の勤務するUTMの日本語科の先生方が快く協力し、上記の「語句の抽出作業」「読解授業」「授業見学」をはじめ、色々な面でアドバイスをしてくれています。また、私が着任する以前の化学担当教師の方々の「化学用語辞典」「ルビ振り教科書」等の作成のご苦労により、今現在の授業ができています。
マレイシアで行っている日本語に心を配る授業は、日本の授業でも大切だと思います。いつも意識せずに使っている語句や表現を再点検することにより、さらに生徒に理解されやすい授業ができると思います。マレイシアからの報告はこれで終わりますが、何らかの参考になれば幸いです。
Mon. 16, November, 1998
Things of Chemistry Teaching in Malaysia
Yasuhide TAKATA
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