「化学教育ジャーナル(CEJ)」第2巻第2号/採録番号2-11/受理1998年11月13日
URL = http://www.juen.ac.jp/scien/cssj/cejrnl.html
巻頭言 自然と科学

山下 伸典
兵庫教育大学学校教育学部自然系教育講座

 ある週刊誌の宣伝欄に,「自ら」と「自ずから」について,と題する文章が掲載されていた。要は自然に対する姿勢と態度の違いを,二つの言葉で言い表しているように思われる。自然科学に関する知識や技術の蓄積と利用は,「自ら」の追求と発展の結果であり,生活上の利便性,快適性,経済性等に多大の貢献をもたらしたことは否定できない。しかし,ダイオキシン類の発生,病原性微生物による疾病,有毒物質による事件等も,その結果に負うところが大であろう。このように,自然科学が,両刃の剣の側面を有していることは,先人の指摘しているところである。

 地球上での生命の誕生は約30数億年前に遡ると言われている。その後,自然との関わりの中で,進化を遂げ現在に至っている。この間に,巧妙・微妙な連鎖機構を構築し,生物間のバランスを保ってきた。15〜17世紀に基礎固めされ,18世紀以降飛躍的に発展した自然科学は,このような自然の事物・現象の解明と応用に貢献することとなった。応用の対象を主として人間を中心としてきたのも事実であろう。

 自然科学の中でも化学分野では,近代科学的手法を駆使して,人間社会に有用な多くの化学物質とそれに関する情報と技術を提供した。例えば,多くの医薬品類,農薬類,合成高分子類,食品類或いはそれらの加工・応用技術等の発明・発見に示すことができよう。この場合の基本的な目標は,人間に生活上の利便性,快適性,経済性等,を与えることである。換言すれば,自然界での連鎖機構からの乖離・忌避であろうと思われる。短期的には目標・理念の達成は可能であるように考えがちであるが,人間が自然界に存在する生物の一員である以上,長期的には不可能であろう。このことは,周知の如く,現在の社会的諸事象に現れている。地球上の急激な人口増を迎えている現在,自然科学の進歩・発展を抑制・規制することは困難であり,不合理である。これらの矛盾した課題を解決するには従来の目標・理念に再検討を加えなければならないだろう。検討の視点は,既に自然界へ分散した化学物質の回収,自然界での連鎖機構とは完全に独立した閉鎖系の確立,使用者及び生産者の人間としての倫理(道徳)的規範の確立,教育活動(学校,地域社会及び家庭)の総合的な連携と内容の充実等であろう。

 学校教育にあっては,理科(高等学校)の目標を「自然への関心」,「観察,実験の実施」,「科学的に探究する能力と態度の育成」,「自然の事物・現象についての理解」及び「科学的な自然観の育成」としている。実践現場では「自ら」に重点が置かれ,「自然の事物・現象についての理解」及び「科学的な自然観の育成」に関する内容と実践には力点が置かれていないように思われる。つまり,「自ら」を経て「自ずから」への帰納と演繹が不十分であろうと思われる。地域社会や家庭教育でも同様な傾向が顕著に見られる。人間が獲得した「自然科学の果実」により人間が自滅することを防ぐのも「自然科学」でなければならない。


Nature and Science

Shinsuke YAMASHITA, Professor of Chemistry,
Division of Science, Hyogo University of Education
本文先頭  CEJ第2巻第2号目次