「化学教育ジャーナル(CEJ)」第3巻第2号(通巻5号)発行1999年12月25日/採録番号3-13/受理1999年12月 7日
URL = http://www.juen.ac.jp/scien/cssj/cejrnl.html

旧松尾鉱山坑廃水の中和処理を考える

−地域教材を活用した選択授業における課題研究−

高橋 治

岩手大学教育学部附属中学校

1. はじめに

 盛岡は,街の中心部を3つの川が流れ,そこに冬には白鳥が飛来し,秋には鮭が遡上し,自然豊かな町といわれる。しかしこの自然は,その上流にある旧松尾鉱山坑廃水処理施設が昼夜をとわず稼働することでようやく保たれており,巨大な施設と費用,薬品を常に投じて中和処理していることを知る生徒はほとんどいない。

 本実践では,選択理科の授業において,自分たちの生活や環境に密接に関係し,そこに生きる動植物の生死に深く関っているこの問題について課題を設定させることで,生徒にとって身近な切実な問題として強い課題意識を持たせることをねらうものである。

 さらに,話し合いの中で,旧松尾鉱山坑廃水が周りに及ぼした環境問題,動物への影響,中和の仕組み,各地点での水質調査など,生徒個々に応じた具体的な課題をみつけさせ,それぞれのアプローチの方法で課題を解決させていく。最終的には,それぞれの研究を持ち寄ることで,盛岡の環境問題という大きなテーマについて考えさせたものである。

2. 主題設定の理由

 学校教育において,変化の激しい社会の中で,生涯を通じ学び続け,たくましく生きぬいていくための基盤となる力を育成していくことが重視されている。具体的には,自ら学ぶ意欲,思考力,判断力,表現力などの育成があげられる。理科においても,「自ら課題意識をもって,それを解決する力」を育てていく必要がある。その観点からも第3学年における選択の授業において,課題研究を取り上げることは意義があると考える。

 課題研究は,人間の本性である探求心を喚起し,研究の喜びを体得させることのできる学習活動であり,「科学的に調べる能力」を育てる観点からも極めて大切な学習である。しかし現実には,課題研究を行ったからといって,なかなかそのねらいは達成できない現状である。

 その原因には,生徒が自分なりに強い興味をもつ課題を自分でなかなか選定できないこと。また,課題が設定できても,見通しの未熟さから自分が解決可能と考えていた課題が解決しにくいものであったり,その逆にあまりにも簡単に解決できて意欲を喪失させてしまうこと。何よりも,一つの課題を根気よく突き詰めて行くだけの意欲が課題解決まで持続しないことがあげられる。

 そこで,それらの解決のために,生徒の課題意識を強くもつ地域教材として旧松尾鉱山坑廃水の中和処理を取り上げて,生徒全体の課題意識に一体感をもたせながら,全員で協力して課題を解決するのだという気持ちを持たせる。その中で,さらに細かな課題を取り上げさせ,そこで自分なりのアプローチで課題を解決していくという指導計画を組んでみることとした。

3. 研究の仮説

 選択授業において,生徒の身近で切実な問題を取り上げ課題を設定させ,その課題解決のためにさらに細分化した各自の探求課題を設定させ,自分たちなりのアプローチを考えさせ,それを最後に集めることで大きな課題解決を行わせるようにしたら,意欲をもって課題学習が行え達成感を得ることができるようになるであろう。

4. 実践の実際

4.1 旧松尾鉱山坑廃水処理について

(1)施設ができるまで

 旧松尾鉱山は,岩手山の西北方,八幡平の中腹にあり,海抜およそ1000mの高所に位置していた。昭和15年に硫黄鉱床の大露頭が発見されて以来,最盛期には1万5000人が鉱山周辺で生活していた。鉱床の大きさは東西1500m,南北1500m,厚さ25〜150mに達し,その規模は東洋最大を誇っていた。しかし,昭和40年代からの公害規制に伴う重油脱硫に伴う安い回収硫黄が市場に出回るようになって,ついに昭和47年に閉山した。この鉱山から,大量の強酸性水が排出され,北上川本流に流入し大きな社会問題となったため,昭和46年に林野庁,通商産業省,建設省,自治省,環境庁の5省庁会議によって中和処理施設が建設された。

 建設に約100億円。現在も年間約6億数千万円が処理に使われており,これは北上川の水質を保持するためには半永久的に行われなければならない。

中和処理施設と露頭あと

貯泥ダム

(2)処理の概要

 旧松尾鉱山から排出される水は pH 2 程度の強酸性で,鉄分を多く含み有害成分のヒ素等も含んでいる。季節にもよるが,平均すると毎分20tの原水が坑道口からあふれ出している。

2FeS + 7O + 2HO → 2HSO + 2FeSO

 硫化鉱    酸素     水      硫酸     硫酸鉄()

 鉄酸化バクテリアによって,坑廃水中に含まれる2価鉄を3価鉄にする。

2HSO + 4FeSO + O → 2Fe(SO + 2H

  硫酸     硫酸鉄()  酸素     硫酸鉄(。)     水

 炭酸カルシウムによって,坑廃水を中和処理する。

Fe(SO + 3CaCO + 3HO → 2Fe(OH) + 3CaSO + 3CO

 硫酸鉄(。)    炭酸カルシウム    水    水酸化鉄(。)   硫酸カルシウム  二酸化炭素

 殿物は貯泥ダムへ送られ,残りは放流される。

(放流水は約 pH 4.1 〜 4.2 。含まれるヒ素は 0.01 mg/l 程度)

4.2 授業の実際

(1)話し合いの中で,次のようにそれぞれの課題と研究の内容、分担がなされた。

1 水質調査班 

 ・各地の水の回収 40個所程度  ・結果の集計   ・レポート

2 北上川の水質の推移 

 ・図書館の利用(場合によっては市役所)・レポ−ト

3 松尾鉱山の歴史と鉱山の採掘について 

 ・文献(図書館)・松尾村に住む人にインタビュー ・レポ−ト

4 坑夫のくらし(豪華な生活)

 ・文献(図書館)・松尾村に住む人にインタビュー ・レポ−ト

5 新聞の記録 

 ・文献(図書館) 年度を分けて岩手日報を全部みる ・レポ−ト

6 環境(周辺の記録、八幡平の環境問題) 

 ・文献(図書館)・植物を押し花にする ・写真をとる ・レポ−ト

7 処理施設について 

    ・文献(図書館)・ビデオ ・レポ−ト

(2)評価

 評価は,各時間ごとの教師の観察のほか,折に触れ感想を書かせるようにした。(オリエンテーションの感想,研究の計画と分担,見学のまとめ,レポート,発表会)

さらに,最後のレポートによっても評価をした。しかし,生徒によってその課題も違えば解決の仕方も違うわけで,一概にレポートのできいかんで評価をすることは難しい。生徒の特性や実態を考慮しながら,総合的に取り組みの姿勢や意欲も加味しながら評価を行った。

5 成果と課題

・生徒の身の回りの切実なテーマを課題にしたことは,意欲付けに大きく貢献した。自分の周りにある大きな問題を知らなかったという思いが,感想文などにも強く見られた。

・始めに全員が共通の課題意識を持ち,細かに研究の方法や分担をつくったことで,自分の課題であるという意識と同時に,仲間との分担だという思いから来る責任感も見られるようになった。

 「この部分は,自分が調べたい」さらに,「この部分については,自分がみんなに責任を持って伝えなければいけない」といった2つの気持ちが,課題解決の強い力になり,課題研究を積極的に自主的に継続して行う原動力となった。

・旧松尾鉱山坑廃水が環境や人間,社会にもたらす影響は多岐にわたり,生徒の興味・関心に応じたさまざまなアプローチの形を生み出すことになった。生徒によってとらえ方もまちまちでそれぞれに応じた成果を得られることになった。

・たとえば,継続的な pH の調査などは,短期間で行うことはできず,文献に頼るしかないなど,実験という面が弱かった。

6 おわりに

  自分の身の回りにも大きな環境問題が潜んでいるということ,そして中学3年の理科で学習する「中和」が自分の身のまわりの環境にも大きく関係しているということは,生徒にとって驚きとなったようである。このように,身近な中にあることがらを,いかに教材化できるのかということは今後も検討されていかなければならないと思う。

 最後に,生徒のレポ−トから,感想の一部を紹介する。

・今回,選択理科を選んで本当に良かったと思います。この授業でいろいろなことを学ぶことができました。見学に行ったとき,自分たちの知らないところで苦労している人がいるのだということがわかりました。いい体験になったと思います。

・今の松尾鉱山は坑内に水が入っているので入ることはできませんでしたが,私たちは貴重な体験ができました。恒久排水路のトンネルを歩いて坑廃水をなめさせてもらって,味はあまりなかったですが,鉄臭い血のようなにおいでした。

・今まで何気なく見てきた北上川にこんな歴史があったということを始めて知りました。そして,昔から環境についての問題があったということがわかりました。自然のものからくる環境問題は,ちょっとびっくりしました。
今回自分でレポ−トを書いて,自分で書いていることに再び驚くことや納得することがいくつかありました。それは,岩手に当時では時代の最先端をいく鉄筋コンクリ−トのアパ−ト群があったことや川の死などです。
「川の生の死」という言葉については,自分で言葉を考えているのに,妙になっとくしてしまいました。「生物が生きることのできない川は死んでいる。」これはいつの時代にも言えて,いつの時代にも課題になることだと思います。
1つの川の問題が,世界の環境の問題にもつながっていると思います。やはり,一つの問題で終了ではなく他の問題にも触れてみるべきだと思います。

本研究にあたり,平成9年度文部省科研費奨励研究(B)の補助をいただいた。

参考文献

 旧松尾鉱山坑廃水処理施設事業の概要 (岩手県 金属鉱業事業団)


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