「化学教育ジャーナル(CEJ)」第2巻第2号/採録番号2-23/受理1998年11月9日
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物理化学用語にみる中国語と日本語との相違について

黎 子椰*・森川 鉄朗**
上越教育大学生活健康系*・自然系**

1 物理化学用語は、いうまでもないことだが、物理と化学の情報の伝達に欠かせないものである。ある科学的な内容を教授するとき、そこで使う用語の意味を正確に知っていることは無論大事だが、さらにそれらがどのような背景のもとに使われているかを心得ることも、ときには必要となるであろう。基本的な物理化学用語は、日本語では多くの場合、歴史的な経緯もあって漢字が使われている。そこで、日本語の用語を漢字の本家である中国語のそれと比較することは、興味のもたれることである。この小文では、ごく基本的ないくつかの用語について、中日の科学用語を比べてみる。科学用語は,中日化学用語辞典1-2)や学術用語集3)などでも対照できるが、本稿では、もう少し細かくニュアンスの違いなどを検討してみる。なお、()の中には、英語または発音を記してある。

2 まず、「物質(substance)」と「物理量(physical quantity)」であるが、中日で全く同じ漢字である。以下にも現われる、中日共通の用語については、偶然の一致か、あるいは中日間の交流による結果か、広範囲に調査してみると、面白いかもしれない。日本の化学教科書で「物質(ぶっしつ)」といえば、「化学物質(chemical substance)」のことである。これは、中国でも同じ状況である。また、「化合物(compound)」も、中国語(hua he wu)と日本語(かごうぶつ)とで、一致している。化合物に関連していえば、英語の simple substance は、日本語では「単体(たんたい)」であり、中国語では「単質(dan zhi)」という。「単質」とは、単一の元素からなる物質のことだから、「単一(dan yi)」と「物質(wu zhi)」との2つの単語を略したものであると思われる。中国語の「単体(dan ti)」は、日本語では「単量体(たんりょうたい)」または「モノマー(monomer)」のことである。「単体」とは、ひとつのユニットを意味していて、「単独(dan du)」と「団体(tuan ti)」という2つの言葉を短縮したものであると考えられる。一方、日本語の「重合体(じゅうごうたい)」または「ポリマー(polymer)」は、中国語では「聚合物(ju he wu)」という。ここでの「聚」は、集まるという意味である。「純物質(pure substance)」と「混合物(mixture)」は、中国語(chun wu zhi)(hun hen wu)と日本語(じゅんぶっしつ)(こんごうぶつ)とで、全く同じ漢字を使っている。

3 国際単位系 SI(The International System of Units)で、amount of substance と指定されている用語は、日本語では「物質量(ぶっしつりょう)」で、中国語では「物質的量(wu zhi de liang)」と、翻訳されている。中国語の文法からいうと、「的」は、日本語の格助詞「の」に近い。しかしながら、「物質的量」は、「物質の量」の意味ではなく、基本的な物理量の1つである固有名詞として使われている。この点は、中国の教科書で特に強調されているところである。なぜ、「物質量」ではなく、「物質的量」と翻訳されているのだろうか。考えられる理由のひとつは、中国語で「物質量」とすると、「物(wu)」と「質量(zhi liang)」との2つの単語と読み取られ、「物の質量」と誤解されることを避けるためと思われる。だが、中国語では、physical quantity を「物理的量」と翻訳しなくても、「物理量」でその意味は伝わっている。なお、日本では学術用語として、一時期、「物質の量」が採用されていたことがある。中国の「物質的量」の単位は「摩爾(mo er)」で、これは mol の音訳である。日本語の「モル濃度(モルのうど)」は、中国語では「摩爾濃度(mo er nong du)」となる。

3 英語の mass は、中国語の「質量(zhi liang)」と日本語の「質量(しつりょう)」とにみられるように、同一の漢字が使われている。中国語の「質量」には、英語の mass 以外に、日本語の「質(しつ)」に近い意味もある。中国語では、「質量第一(質を一番にする)」、「提高質量(質をよくする)」、「質量管理(日本語の品質管理)」などがよく使われており、「質量」という単語を使う頻度は、日本語のそれより、はるかに高い。また、中国語では、「質量(mass)」が「質」と省略される場合もある。英語の proton は、日本語では「陽子(ようし)」と翻訳されているが、中国語では質量をもつ粒子のことだから、「質子(zhi zi)」と名付けられたといわれている。なお、中国語の「質数(zhi shu)」は、日本語の「素数(そすう)」のことである。

4 上述のような紛らわしいケースと違って、「原子量(atomic weight)」、「質量数(mass unmber)」および「原子質量単位(atomic mass unit)」は、中国語(yuan zi liang)、(zhi liang shu)、(yuan zhi zi liang dan wei)と日本語(げんしりょう)、(しつりょうすう)、(げんししつりょう)とは、完全に同じ漢字である。日本語の「同位体(どういたい)」、「同位元素(どういげんそ)」、「同位核(どういかく)」に対して、中国語では、「同位素(tong wei su)」1つの言葉しか使わない。

5 中国語では、度は度合をあらわし、率は率分のことである。本来は、度とはある物理量を別種の物理量で割るときの量につけるし、率は同種の物理量の比(の値)を意味する、と思われる。密度(や濃度)は質量を体積で割る、円周率は円周を直径で割るなどがその例である。百分率(中国語では「百分比」ともいう)は百あたりの割合である。その他に、混合率もある。ところが、現今の中日用語では、度や率の用法にみだれもある。長さを時間で割ったとき、日本語では「速さ(はやさ)」であるが、中国語では「速率(su lu)」という。ただし、ベクトル量としての速度(そくど、su du)は、中日で共通している。英語の extent of reaction は、日本語では「反応進行度(はんのうしんこうど)」だが、中国語では「反応程度(fan ying cheng du)」という。

参考文献
1)周公度主編:大学化学詞典、化学工業出版社(中国)、1992.
2)楊本文編訂:日英中分析化学用語集、科学出版社(中国)、1984.
3)大塚明朗、青戸邦夫、中山和彦、野村雅昭監修:学術用語集集成、日本科学協会(日本)、1988.


Difference between Chinese and Japanese in Phraseology of Physical Chemistry

Ziye LI* and Tetsuo MORIKAWA**
Division of Industrial Arts* and Division of Science**, Joetsu University of Education, Joetsu 943-8512, JAPAN
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